居直り日記

深く考えずに書く

ネタバレあり【映画】「落下の解剖学」| ちょっと期待が大きすぎたかもしれない

否定的なタイトルになってしまったが、面白い映画であることは間違いない。2時間32分という長丁場にも関わらず、途中でダレることもなかったし。

サンドラとサミュエル夫妻の母語がそれぞれドイツ語、フランス語であり、日常生活においては英語で意思疎通を図っていることが映画の重要なポイントというか監督もそう語っているが、それに関しては「そんなもんかねえ」と日本語しか話せない自分は思うのであった。この夫妻のすれ違いは言葉以前の問題では? みたいな。それともこれはサンドラ夫妻の話ではなく、周囲の人間がサンドラをどう見るかについてのことなのだろうか。

「彼女が英語を話し、フランス語を話そうと挑戦しているドイツ人であるという事実が、多くの仮面を作り出し、問題を曖昧にし、彼女が何者なのかさらなる混乱を生み出す。」とトリエは語った。

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裁判で示される「証拠」はすべて状況証拠にすぎず、どの推測も可能性はゼロではない。審理中、血痕分析官がサンドラの犯行の可能性に否定的な意見を述べたのに対して検察側が「(犯行の)可能性はゼロではないですよね」みたいなことを言うシーンがある。それに対して分析官が「まあ私が大統領になる可能性もゼロではないですし」みたいな返しをするのが面白かった。

サンドラとサミュエルが喧嘩するシーン、二人の話の噛み合わなさがキツイ。客観的に見ればサミュエルの問題はお金で解決できる類のもので、お金があれば民宿も教師もする必要がない、ダニエルの世話に費やす時間も減らせるので彼は執筆に専念できる。でもまあもしそうなったとしても、サンドラが性的に奔放で、ダニエルに対しても自分ほどは熱心に関わろうとしないということが気になって永遠に文句を言ってそうだなとは思った。

個人的に一番心に残ったのは「材料が少なくて判断が難しいときは、自分の意思でどちらか一方に決めるしかない」というマルジュの言葉だ。なおかつ、そうやって選んだ判断が真実だと無理に信じ込むのではなく、疑いをもちつつも決めるしかないのだということ。これを11歳の時に教えてくれる人がいたというのは、ダニエルにとっては幸いだったと思う。

その助言に従い、最終的にダニエルはサンドラに有利な証言をする。ラスト、サンドラを保護するように抱きしめるダニエルの様子から「こっちに決めたんだ」という意思を感じる。しかし彼は今後一生「自分が証言したことは本当に正しかったのか?」「でもこれは自分が選んだことなんだ」と繰り返し自分に問うことになるだろう。残酷な話だ。